5女王騎士長エンド、時間軸は2戦争後を前提とした話です。
うっかりすると続き物かもしれません。
それでもいいというお優しい方はずずいとスクロールどうぞ!
王子→ジン
目の前に
人が、落ちてきた。
ぼてりと。
そう、文字通りぼてりと落ちてきた。
最初に聞こえたのは「ぅお」という小さな呟き。
次に木の葉が激しく擦れ合うさざめき。
そして最後にぼてりと人が落ちてきた。
突然の出来事に馬が嘶き、前足を高く上げる。
落ちてきた少年を踏みつぶしてしまわないように、手綱をきつく引き声をかけて落ち着かせる。
「閣下!」
後ろで歳若い青年の声があがるが片手で制すると、落ち着きを取り戻した馬から降りて少年に駆け寄る。
ざっと見たところ大きな怪我はなく、滑り落ちた際にできたと思われる擦り傷と小さな切り傷があるくらいだ。
「大丈夫か?」
「・・ぅ・・・・ん~・・・・・」
駆け寄った男が軽く頬を叩けば不明瞭な唸り声が聞こえた。
この様子だと気がつくのも時間の問題だろう。
仰向けに倒れた少年は、年の頃14、5といったところで、質素だが小奇麗な身なりから浮浪児ではないことがうかがえる。
武器らしいものも、旅人なら必ず持っている荷袋も携帯しておらず、腰に小さなポーチがあるだけの身軽な格好に違和感を覚えた。
街の中ですれ違えば、それはごく自然な格好であったが、ここは鬱蒼とした森の中である。
1番近い街も徒歩ならば丸一日はかかるはずだ。
護身用の武器も持たず、ましてや食糧や水を携帯していない。
「何者でしょうか?」
背後に控えていた青年が少年の顔を覗き込みながら思ったままを口にした。
身軽過ぎる装備を除いても仕方のない事だろう。
最初の呟きが聞こえるまで周りに人の気配はなかったのだから。
しかめっ面をして考え込む青年に苦笑して、首を振ってみせる。
「間者や暗殺者なら随分と間抜けだと思うけど、多分その類ではないと思うよ」
暗殺者と言った瞬間、青年の纏う空気が固くなるが男は気にせず微笑んだ。
安心しろと。
もし、勘が外れて彼が暗殺者だったとしても退ける自信が男にはあったし、こういう類の勘は外れたことがなかった。
第一、と男は思う。
今の自分たちは一国の意思を携えた使者ではあるが、査察を兼ねている為基本隠密行動である。
と言っても、身分を隠し旅人に成りすましているくらいだが。
それに青年はこんなに遠く母国から離れたことがない所為で、必要以上に神経を尖らせている。
そこに不審人物の登場となれば、警戒もするだろう。
これも仕方のない事だ。
「さて、大きな拾い物をしたね。どうしようか?」
にこにこと笑んだまま青年に問えば、
「どうするか決めているのにわざわざ俺に振らないでください、閣下」
と呆れたように返された。
出来の良い部下を持つと説得の手間が省けて実に楽で助かると、男は笑みを深くした。
「あぁ、そうだ。この子の前じゃ閣下はまずいな」
「ではいつも通り」
「うん、普通にジンと呼んでくれればいいよ」
「は?」
頷く青年に、男は問題発言投下。
「・・む、無理無理無理無理っ無理です、閣下!」
慌てふためく青年を面白がるようにくすくすとジンは笑う。
どうにかして回避したい青年は、身振り手振りで普段の冷静さをかなぐり捨てて訴える。
その必死な形相が昔を思い出させてジンは更に笑みを深くした。
「いや、大丈夫大丈夫。ここにはリオンもリムもいないしね」
「そういう問題じゃないです!」
「トーマってば堅いなぁ」
尚も言いつのるトーマに、ジンはむっと拗ねて見せる。
が、それにひるむほど2人の付き合いは短くない。
「いつも通り若旦那と小間使いでいいじゃないですかっ」
「いい加減飽きたよその設定。役が逆ならやってもいいけど・・・あーぁ、昔は名前でこそ呼んでくれなかったけど『王子さん、王子さん』言って可愛かったのに・・」
「わーわーっ昔のことなぞどうぞフェイタス河に流して忘れてください!」
今度はまた違った意味で慌て始めるトーマに、ジンは確信を込めてにやりと口の端を上げた。
「忘れるからジンと呼んでくれるよね?」
「ぐっ・・・で、でもファレナ救国の英雄である閣下の名前では意味がないと思いますが。ほら、偽名とかのほうが・・・・」
「・・・・む、困ったな。正論だ」
「でしょう?!」
水を得た魚のように目を輝かせるトーマを横目に、仕方ないと首を振ると顎に手をあてた。
「んー・・・よし、じゃあ私はマルスカールということで」
「似合わな過ぎです、閣下」
「じゃあ、キルデリク?」
「嫌がらせですか」
「あぁ、フワラフワルはどうだろう?」
「お願いですから人間にしてください」
「しょうがないな、ゲオルグなら文句ないだろう?」
「ゲオルグ様も有名人ですから避けた方がいいかと」
「あぁ、そうだったな。・・・カイルでどうだ?」
「では、カイル様」
「様はいい」
「カイル殿」
「殿もいい」
「カイルさん?」
「リムにある事ない事吹き込むよ」
「・・・・カイル」
「よし。敬語も使ったら罰ゲームだからね」
何のですか。
思わず出かかった言葉をぐっと飲み込む。
きっと知らない方がいい。
トーマ正解。
「で、トーマはどうする?」
「俺はそのままで問題ないと思いますが」
「いやいや、もしかしたら女王陛下と仲睦まじいことで有名になってるかもしれないじゃないか」
「ぶっ!!なっ、誰がそんな・・っ!」
「国中、かな?あ、いや、群島やアーメスにも国内ほどではないにしても噂が流れてるはずだよ」
「・・・・~~~~~っっ!!」
「ま、ミアキスはともかく、私は応援してるから」
いい笑顔で微笑まれて、今度こそトーマは突っ伏した。